2022年09月21日 更新
【ETHNI9プロジェクト特集!】ものづくりの中で時代に合わせたデザインが生まれる
三田製陶所
有限会社三田製陶所

石川県の伝統工芸「九谷焼」からアジア料理にぴったりの食器をお届けする「ETHNI9」プロジェクト。本特集では、当プロジェクトの狙いや込められた想い、そしてプロジェクトに参画し、新たな九谷焼の可能性を探る作り手の皆さまに迫ってまいります!
第1回は、石川県九谷窯元工業協同組合の理事長であり、三田製陶所の代表でもある三田さんに、九谷焼の挑戦や伝統工芸のこれからに対する想いをお伺いしました。
三田さん、本日はよろしくお願いします。まずはじめに、貴社の概要や作られている商品についてお教えいただけますでしょうか?
(三田さん)
よろしくお願いします。
私たちは九谷焼窯元として、主に食器や花瓶、骨壺などを作っています。
会社自体はとても古い会社と言い伝えられていて、明治時代の資料に私の祖父の名前もありました。
私で3代目になります。学生時代、陶芸は感性で作るものなので、父からは進学については特に何も言われませんでしたが、父のあとを継ぐものだと思っていたので、金沢の美大で学んできました。
その後、私が代表になったのは41歳のときです。工場の段取りも代表になる前から自分でしていたので、大きな変化や問題もなく引き継ぐことができました。とはいえ会社の責任は自分で持つようになるので、初めはやっていけるのか不安もあり、当初は現場と経営の両方に追われていましたね。
大学卒業後はすぐに三田製陶所さんに勤められたんでしょうか。
いいえ、白山市のNIKKO株式会社で働いて、勉強させて頂きました。
家業だけではなく、違った世界も見てみようという思いで就職することにしました。
その間も三田製陶所の仕事を傍で見てきました。子供の頃の夏休みにお手伝いをする程、ずっと身近な存在でしたからね。その後24〜25歳で三田製陶所に戻ってきました。
これまでお仕事をされる中で経験した、印象的なエピソードを教えてください。

印象的なと言われると難しいですね(笑)
東日本大震災やコロナウイルスの流行など、近年は向かい風が多いですよね。
東日本大震災の時もインバウンド需要が減り、しばらくは暇になる時期がありました。お土産などで出ている器がいかに外国人に買われているのかということがよく分かりました。言われてみればその時は大変だったのかもしれないですが、一生懸命やっていたので何とかなりましたね。
海外の方が三田製陶所さんのうつわを手に取られることもあるんですね。
石川県のお土産として、三田製陶所の器も取り扱いしてくださるお店があります。
お土産屋さん以外に普段は能美市の問屋さんに卸しています。問屋さんによりますが、一般消費者に限らず色々な方が購入してくださっているようですよね。
九谷焼はやはり人気があるんですね。
改めて九谷焼の特徴について教えてください。
九谷焼の絵付けはやはり特徴的ですが、最近はセラボに置いているような、あまり絵付けされていない生地だけのうつわも売られるようになりましたよね。
時代に合わせて進化もできる、表現の幅が広い焼き物だと思っています。
三田製陶所さんは以前から素地を作られていたんですね。
九谷焼は完全に分業制度で作られることが多いです。
三田製陶所も効率を重視して、素地だけ作るようになりました。昔からの流れです。
新しいことに挑戦しようと思うこともありますが、日々今いるお客様のために最善のものづくりをしていると、なかなかそこまで手が回らないというのが正直なところですね。お客様からいただいた注文の納期に間に合わせるために生産量を上げていくことなど、今後の課題は山積みです。
生産量を上げていくためにどんなことをされているんですか?

九谷焼の研修所があり、最近そちらの卒業生を今年迎え入れて、窯元に仲間が増えました。
九谷焼は絵付けの仕事をしてくれる方が多いですが、素地を作ってくださる方は少ないので人材確保は課題です。三田製陶所の平均年齢は40歳程です。別の業界から来てくださる方もいらっしゃいます。
研修所には作家志望の方が多く、私たちのような窯元で働くことを志望される方は少ない傾向にあります。今年の研修所からの採用は大きな光で、今後若い方も増えればいいですよね。
今は夏は暑くて冬は寒い工場なので、新しい仲間を迎え入れてもいいように立派な工場にもしたいです。その結果、生産効率が上がり、お客様をお待たせすることなく生産効率が上がればと思っています。
今いるお客様からの注文をとても大切にされているんですね。さらに販売を広げていくためのプロモーションなどはされていますか?
正直ほとんどないのが現状です。
問屋さんのカタログが2年に1度切り替わるので、窯元組合で開催するイベントに私達も参加しているくらいになります。
九谷焼をはじめとした伝統工芸品は現在どのように変わってきていると感じられますか。

やはり従来の、分業制度で器を作る職人さんの人数が少なくなってきています。
作家さんなどは多いので産業自体は衰退しないと思いますし、九谷焼という名前の器は残ると思います。
しかし、生産過程は変わっていくと思われるので、時代の流れに合わせて変化させていくか、従来の形に拘るか、分かれてきているのではないでしょうか。私たち三田製陶所としては変化を当然の事と捉え、時代に合わせて柔軟に対応できればと考えています。
新しい九谷焼のブランド「ETHNI9」参加のきっかけと、開発に対する考えや想いをお教えいただけますでしょうか?
新しいことに挑戦し、窯元の目玉となる器を作りたいという思いから参加しました。
今後は研修所から迎えた新しい仲間からも意見を出してもらって、若い方にも手に取ってもらいやすい器にしたいです。これまでの素晴らしい職人さんの技術を継承しつつ、新しい風も取り入れていくことで、素晴らしい器ができると感じています。
最後に、三田さんの捉える「九谷焼」とはどんなものか教えてください。
幼少期から一緒に歩んできた生活の一部です。
伝統工芸に特別な感覚を持たれる方も多いかと思いますが、私にとっては例えば、ご飯を食べるもの、というような生活の一部の大切なものです。
素敵なお話をありがとうございました!